top of page
検索

政治家はどこで酒を飲むのか

「料亭に行きたい」、初当選直後のインタビューで答え、話題となった新人議員がいた(今はいない)。カツラメーカーのコマーシャルは政治家をモチーフにしているが、やはり料亭の一室での密談のシーンだ。映画やテレビドラマの影響で、「政治家が飲むところ=料亭」というのがお決まりとなっている。しかし、実際のところ「料亭に行ったことがありますか」と聞かれれば、「ある。でも、ほとんど無い」という答えになる。理由は三つある。一つ目は、「今の政治家は余裕が無い。特に僕のような陣笠は、ものすごく余裕が無い。」ということだ。二つ目は「料亭自体が潰れて、ほとんど残っていない。」、三つ目は「居酒屋チェーンの流行が個室型になり、充分プライバシーが保たれる上に、とっても安い。回転が良いからビールが新鮮で美味い」からだ。確か料亭には当選直後にお祝いで先輩が連れて行ってくれた記憶があるので答えは「ある。でも、ほとんど無い」ということになる。


 では、何処で飲んでいるのかというと、既に理由の中に出てきたが、個室型の居酒屋チェーンが一番多く、若い層はカウンターバーのような店も行く。かつて総理クラスの政治家が贔屓にしていた老舗料亭が、大手某居酒屋チャーンに買収され、チェーンの旗艦店となっている。室内はかつてのままで、値段は全国一律だから当然人気店だ。この店で飲んでいるとつい政治家っぽくやりたくなり「まあ、君ひとつやりたまえ」とか言い合いながら飲んでいる。ニュース番組の取材でも、政治家が会合から赤い顔をして出てくるのは、「粋な黒塀、見越しの松」ではなく、雑居ビルの看板前でインタビューを受けているシーンが多い。第一、この頃の政治家はあまり飲みに行かない。これも理由が二つある。一つ目は、「政治家は長生きした奴が勝つ」ということになって、健康に気を使う。特に五十歳を超えたら健康に異常に執着して、深酒などありえない。せいぜい乾杯のビールに口をつけたらあとは、ウーロン茶がほとんどだ。中には「冷たいウーロン茶はお腹を壊す」から温かいお茶しか飲まない人もいる。二つ目の理由は、「政治家は朝早いので、夜も早い」ということだ。各種団体との朝食会は、たいてい朝七時から始まるし、党の政調部会は毎朝八時からある。ということは遅くとも六時には起きていなければならないし、健康のためウォーキングをしている議員も多く、宿舎の周りは五時過ぎには、帽子を被って首にタオルを巻き、トレーニングウェアを着込んだ議員だらけになる。「毎晩芸者衆をあげて、料亭で夜通し宴会をやっている」と言うテレビドラマのイメージとは、残念ながら真逆の「規則正しい早起き鳥」生活だ。

 大学時代を過ごした高田馬場に「清酒二合百円」の店があった。千円を握り締めて行くと倒れるまで飲めた。帰りは、一緒に飲んでいた仲間全員が、店の裏を流れている神田川に橋の上から吐いていた。年に一度集まる同窓会で「何であの頃はあんなに飲めたのかなぁ」と話したが、結論は「次の日、寝ていて良かったから」ということになった。一晩中バカ騒ぎをやっていた連中も、子供の受験と老眼と健康診断の話になる。久しぶりの同窓会も十時を超えると「そろそろ」の声がかかる。


 一九六〇年代生まれの僕たちの世代が「飲んでいて幸せなシチュエーション」は、「海岸で、ショートパンツにビーチサンダルで缶ビールを飲んでいる」という風景だろう。社会人となっての社内での飲み会、お得意先との接待の席、三三九度の酒。若気の至りで失敗もあったけど、その場その場の役回りも経験で覚えてきた。酒席を通じて多くの人との出会いもあった。


 さて、今僕はどんなところで飲んでいるかというと、お気に入りの場所がある。仕事で多勢の方と会い、家に帰る。冷蔵庫から缶ビールを取り出す。十年程前は、まだヨチヨチ歩きの娘が「パパ、どうじょ」と注いでくれるのが楽しみだったが、今は見向きもされない。リビングを抜けて裏庭に出る(別に前庭がある訳ではない)。三方を隣家に囲まれていて、目の前に塀がある。狭い庭だ。「うちの庭は猫の額で」と言う人の家の庭は結構広かったから、僕の家のそれは「カナリアの額」以下だと思う。そこに小さなテーブルと椅子が置いてある。椅子に深く座ってビールのプルトップを引く。リビングから洩れてくる明かりの中で唯一開けている空を見る。市原市の空も星は結構見える。うちの庭からは、南の空しか見えないけれど、多い時は同時に四、五機の飛行機のライトが点滅している。昔、ヨーロッパ某国の国際空港近くの家で開かれたホームパーティーに呼ばれて、窓から飛び交う飛行機のライトを見ながら、その家の奥さんが「この光景を見るとき、「私は世界の中心に住んでいる」と思うの」と、のたまうのを聞いて、(何を言ってやがんだ)と心の中で呟いた。我が家からの夜景は「僕は世界の中心に住んでいる」とは思わないが、なかなか綺麗な絵だなとは思う(騒音問題への対応はもちろん別です)。「そうだ天体望遠鏡を買おう」と毎回独り言をいうが、未だに買ったことは無い。


「夏は外で冷えたヤツを飲むのは、気持ちいいよね」と仰る方がいるが、実は冬もいい。息が白く凍る冬の夜に、ダウンウェアーにマフラー、膝掛け用の毛布で防寒対策をする。しんしんとした静けさの中でホットウィスキーを流し込むと北欧のムーミン谷の住民になった気がする。




これから寒い季節に向かう。どうぞお近くにお越しの際には、お立ち寄り下さい。「マイ・フェイバリット・バーにようこそ」と心から歓迎いたします。うちにあるビールはカロリーオフの発泡酒しかないけど。

閲覧数:266,845回0件のコメント

最新記事

すべて表示

桜の花の下で生きたいII

お陰様で両親、兄弟が元気(両親は相当弱っているが)なので、本当に身近な人の死に立ち会ったことがない。両祖父母はかなり前に亡くなったが、生活をともにしなかったので悲しいけれども喪失感はなかった。しかしながら前にも書いたが、職業柄お坊さんよりも葬儀に出るので「人は死んでいくもの...

北京にて

人間の記憶は嗅覚と深く関わっているらしい。街を歩いていて、漂う匂いに特定の記憶がフラッシュバックすることがある。1年ぶりに北京に着いて、違和感を覚えたのは、何故なのかと考えた。「そうだ、排気ガスの臭いだ。」 いつも北京に着いて、排気ガスの臭いを嗅ぐと「北京に来た。」そう感じ...

Comments


bottom of page